電動アシスト自転車で巡る四国八十八箇所12月1日 焼山寺で結願達成、これでいいのか?

  5時ちょっと前に目が覚める。朝食を食べたりして6時15分にホテルを出発。徳島駅前のバスターミナルへ歩いて行く。まだ、あたりは暗い。駅に向かう途中、徳島中央公園からラジオ体操の音楽。見ると高齢者の方が集まっていた。

7時、神山町行きのバス亭には、すでに学生服を着た高校生が並んでいた。7時5分、運転席の真後ろの少し高い座席を確保し、バスは定時に発車。徳島県立中央病院までは、乗客の乗り降りが頻繁にあった。しかし、府中を過ぎ、石井町から山の方に入る頃には、乗客の動きがほぼ止まり、座席は満席で立っている人も少なくなかった。

最初の焼山寺にトライしたときに乗ったバスは、すごいところを走っているようだったが暗くてよくわからなかった。しかし、明るいときに乗ってみると本当にすごいバス路線である。鮎喰川沿いのセンターラインのない細い県道20号線を登って行き、対向車があると時にバックして譲ったり、譲ってもらったりする。左側は鮎喰川、右側は断崖で、山に張り付くようにして小さな集落が点在している。神山町の中心部が近づくと2車線になり人家も増えてきた。タクシーを予約した寄井観光の最寄りバス亭である神山町役場前で降りるが、降りたのは筆者だけで、バスは満員のままだった。この先には、城西高校 神山校(元徳島県立徳島農業高等学校)があるが、学生服姿以外にもたくさん乗っていた。いったい何があるのだろう?それにしても1時間以上もバスに乗って農業を学ぼうとする高校生がいるのは頼もしい限りである。

バス亭の前には、寄井観光。タクシー数台が止まっており、HPがないのが不思議なくらいコンクリート造りの立派な社屋である。

若い運転手さんが声をかけてくださった。見ると予約車の札があるタクシーが待機中である。8時15分、焼山寺に出発。写真は神山町。

タクシーの運転者さんは、穏やかな人で運転も丁寧だ。ゆっくりと林道のような道を登って行くので乗り心地は悪くない。カーブが多く対向車に合うと面倒な道だが、運転手さんによると以前よりずいぶん良くなったとのこと。最近のお遍路の状況を聞いてみると色々話してくださった。以下はその要約である。

・コロナが一段落したせいか今年(2023年)の春から外国人お遍路が急増した。

・昔は団体のお遍路が多かったが、コロナ前から激減しつつある。

・遍路宿は、神山町でも廃業したところがある。ただ、数人のお遍路さんの話で、運転手さんも行ったことがない謎の遍路宿があるらしい。

また、相部屋が嫌で、遍路宿や宿坊は避けてきたと言うと大いに同感してくれた。

焼山寺入り口に到着。前に歩いてきた駐車場からは、ずいぶん歩かなければならないようだったが、降ろしてくれた場所は、ずいぶん近かった。


12番札所 摩廬山 正寿院 焼山寺

本堂。


境内の様子。山深い場所にある。


  納経所には二人の人物がいて、一人は受付に座り、一人は奥で横向きに足を組んで座っていた。早速、駐車料を請求すべく交通手段を聞いてきたので、タクシーで来たので駐車場は使ってないと言うと、奥の剃髪したのかもともとなのかわからない人物が、横を向いたままチラッと見て「道路維持費や。ここらのタクシー会社は皆知っとるはずやがなぁ。」とまるで、金貸しの親分のような感じで要求してきた。道路維持費とやら500円を受付に支払い、御朱印をいただくため、納経帳と300円を出すと、陰気な感じの受付の人物が「料金表です。」と見せられた金額が500円。(一社)四国八十八ヶ所各霊場会のHPには2024年4月1日から納経帳への御朱印は300円から500円に改定とあるが、参拝した時点では明らかにフライングである。しかし(一社)四国八十八ヶ所各霊場会にどれほどの支配力があるか分からないので抵抗せずに支払う。前に歩いて登った時にはお寺の下に人の気配は無かったが集落があり、最近まで町営バスが走っていたそうである。収入源である檀家がどんどん減ってお寺で勤務する人の心もすさんでしまったのかもしれない。南無大師遍照金剛。

ご本尊は、虚空蔵菩薩。真言は、のうぼう あきゃしゃ きゃらばや おん ありきゃ まりぼり そわか 頭脳明瞭・学業成就・記憶力向上・技巧向上の利益があるといわれている。

帰りのタクシーの運転手さんとの会話は、運転マナーについて。運転手さんが九州を車で旅行したとき、四国では後ろの車がせっつてくるが、九州は車間距離を十分取ってくれて快適に旅ができたとか。九州から来た者としてはうれしい評価だが、中にはとんでもないドライバーもいるので気をつけなければならないと付け加え、神山校前のバス亭で降ろしてもらう。

 次のバスは、10時36分発なので、1時間半もある。鮎喰川の川原に降りてみる。やはり水が綺麗だ。魚種は分からないが魚も泳いでいる。上流に向かって歩いていると大きめの動物の足跡らしきものがあったので戻る。


焼山寺への道も歩いてみる。この先は急坂である。

神山町の集落。山深い町である。

歩き遍路用の道標ステッカーと神山温泉の看板。神山温泉の入浴施設である「いやしの湯」は、記事作成中においては臨時休業中とのことである。


 神山町の寄井商店街。昔ながら雑貨店やコーヒー店が並ぶ。

製菓店には、雨乞い滝羊羹ののぼり旗。神谷町一押しの観光スポットかもしれない雨乞い滝は、寄居商店街から高根谷川沿いを2.5Kmほど登るとあるらしいが、見に行くのは止めておいた。

神山校のフェンスには、加工した板材を飾りがつけられている。左端の「森林女子」が気になって調べてみたら神山校には森林女子部という部活があり、神山産のスギ材を利用した神山町にちなんだ商品制作やカミヤマシダレザクラの接ぎ木技術の継承等の活動を行っているらしい。


 帰りのバスは、ほぼ定時に出発。行きは鮎喰川の西岸の県道20号線を走ったが、帰りは、国道439号線を経由して県道21号線を走った。帰りのコースは、ほとんどセンターラインのある道で、途中、見覚えのある大日寺の前を通過し、常楽寺や国分寺の近くも通過した。乗客は国府の近くまで筆者一人の貸し切り状態だった。11時40分、徳島駅到着。さて、どうするか。とりあえず満願達成したので、昼食を食べるところを探しに徳島駅構内に、お土産売り場の奥にある徳島バルは、食事も出来るがお酒が主体のようだ。そうこうするうちに12時、サラリーマンの昼食時間に飲食店を利用するのは気が引けるので、あたりを散策。「明日はきっといいことある歩道橋」明日も渡ってみるか。

新町川沿いの藍場浜公園。川には鵜が泳いでいた。

マリーゴールドが綺麗に植えられている。

阿波踊り会館へ。1階は観光案内とお土産売り場。2階は阿波踊りホール、1日4回、阿波おどりの公演があるらしい。3階は阿波おどりミュージアムで5階に眉山ロープウェイの山麓駅。なんか気力が失せてきて、1階だけ見て外に出た。

阿波踊りの傘の形をした休憩所と、四国の道の道標。

 阿波おどり会館周辺にはアーケードがあるが、見事にシャッター街だったので、徳島駅に戻ることにした。駅の近くに「セルフうどん やま」発見。


時刻は13時を回っているので、突撃。先ずは鶏肉天を小皿にとり、うどん並を注文して500円。うまくいったと思いテーブルにつくがネギと天かすを乗せるのを忘れていた。お盆を持って取りに行くのも面倒くさくなり、そのままいただいた。どうもセルフうどんとは相性が悪いようだ。

それでも、気力が少し戻ってきたので、徳島城博物館に行き常設展示を見学した。展示内容は、蜂須賀氏と徳島藩及び城下の暮らし等であり、年代も地域もコンパクトであった。ただ、阿波水軍の展示は興味深かった。

博物館の入場券で、旧徳島城表御殿庭園も見学できた。この庭園、昭和16年(1941)に国指定名勝を受けている。

池と松の緑が美しい。

枯山水には、石の橋が架けられている。

青石をふんだんに使った庭園。池には鴨が泳いでいる。庭園から博物館を見ると大名御殿みたい。

築山からの見た庭園。回りは徳島市中心部のビルに囲まれている。

14時過ぎて、まだ早いがホテルに戻ることにする。部屋にはすぐに入れなかったが、そのまま19時までベッドでゴロゴロして過ごす。疲れがなかなかとれない。ようやくマルナカ昭和店へ歩いて買い出し。四国最後の夜なのでにぎり寿司や徳島の地酒等を買う。今日で遍路も終わりだ。


宿泊費:5,500円

飲食費:1,541円

納経料:500円

道路維持費:500円

バス代(往復);2,000円

タクシー代:5,600円

徳島城博物館:300円

 

総移動距離:88.7km

 


コメント

このブログの人気の投稿

「日本で最も美しい村かるた」に応募した短歌が採用された件

北九州市戸畑区 夜宮公園の花菖蒲

添田町 英彦山花園の「ハンカチノキ」