電動アシスト自転車で巡る四国八十八箇所11月29日 自転車遍路大使(仮)に任命される。
今日も疲れ切っているはずなのに深夜2時に目が覚める。なかなか寝付かれず、とにかく体だけは休ませようと寝床で5時半まで過ごす。朝食を食べたりして6時半ホテルの玄関を出ると、猫が食事中。行って参ります。
朝の国道11号線は、讃岐市方面は車が空いていてぐんぐん進める。八栗寺の入り口を過ぎ、しばらく走ると若い女性が乗った自転車が脇道から出てきて前を走りはじめた。ママチャリながらすごいスピードで引き離された。「道の駅源平の里むれ」で小休止。「里むれ」って何だろうと思ったが牟礼町のむれで「道の駅 源平の里 むれ」と切るらしい。本日の第一目標である志度寺の近くに到達したのが7時50分。狭い道を行くと「源内さんのお墓所」という看板があった。
お墓は自性院常楽寺にあり、思ったより小さい。平賀源内の墓は東京の浅草橋にもあり、友人であった杉田玄白が建てた碑が墓の隣にある。
平賀源内さんにご挨拶して奥に進む。
第86番札所 補陀洛山 志度寺
大きな草履のある仁王門から入ると木々が鬱蒼としている。
本堂。
大師堂。
曲水庭園が境内にあると後で知った。残念。
ご本尊は、十一面観世音菩薩。真言は、おん まか きゃろにきゃ そわか 災難除け・病気平癒・財福授与・延命・極楽往生など。
ここから、県道3号線に入る。高校生の自転車が目立つようになる。自転車は左側通行なのに右側を突っ走ってくるので危なっかしい。アップダウンのある道を過ぎると農村地帯に入る。
古い長尾寺を指す道標があったので、行ってみるが田畑のど真ん中。次の道標も見当たらないので県道に戻る。少し行くと鴨部川沿いの道に長尾寺の道標。その先にはお遍路休憩所。
歩き遍路用のコースのようだが、自転車でも行けた。
第87番札所 補陀落山 観音院 長尾寺
本堂。天台宗のお寺である。
大師堂。
境内は広々としている。
ご本尊は、聖観世音菩薩。真言は、おん あろりきゃ そわか あらゆる災難から逃れられ、運気を好転させるというご利益がある。
お寺の前には民宿や旅館があり、小さいながら門前町の様相を呈している。
県道3号線に戻り、大窪寺を目指す。しばらくは平坦だが、だんだん登り坂になる。久しぶりに外国人の歩き遍路も見かける。前山ダムまで登ると、その先には「おへんろ交流サロン」と道の駅があった。さらに登るとお遍路休憩所があったので小休止。
前山峠という標識があったので、悪い予感がする。大窪寺までは、登って降ってまた登るのだろうか。予感は的中し、下り坂になる。廃校を利用したと思われる天体望遠鏡博物館なる施設を過ぎると、また上り坂。途中「大窪へ十丁 脇町へ二百丁」の看板。これだけ読むとなんのことだか分からないが目的地までの距離を掘った丁石というものがあるということである。丁は昔の距離単位である町のことで、一丁は約110m。後1.1kmで大窪寺ということらしい。
結願の札所のある場所にふさわしく山も神々しく見える。
11時、大窪寺の広い駐車場に到着。隅に自転車を置き、お寺へ。
参拝客も多く、お土産店や飲食店が軒を連ねている。
第88番札所 医王山 遍照光院 大窪寺
立派な仁王門。
弘法大師像。
境内。人が多いので斜めから撮影。
阿弥陀堂。
大師堂。
原爆の火。原爆投下後、広島の焦土でくすぶっていた火を受け継いだうちの一つである。
お寺の後ろの山も神々しい。
幼少時代の空海、真魚像。
山門。
境内には、観光客もたくさんいて、中国語も飛び交っていた。
ご本尊は、薬師如来。真言は、おん ころころ せんだり まとうぎ そわか 病気治癒(特に目病)、健康長寿、災難除去、安産祈願、現世利益。
帰りは、早く走れるかと思いきや、五色台ほどではないが、路面状況がよくなくゆっくりと降って行き天体望遠鏡博物館前を通過。
ここから、また上り坂。前山ダムで一息。
少し行くと「おへんろ交流サロン」があり、「へんろ資料展示室」を見学させていただく。
江戸時代の遍路に関する資料等が展示されていて、興味深い。写真は四国八十八ヶ所の立体地図。改めて険しい道中であったことがわかる。
見学していると、係の方が声をかけてくださり、お茶をごちそうになった。自転車で大窪寺に行ってきたことを話すと、結願して申請すれば「自転車遍路大使」に任命できるとの申し出があった。徳島の焼山寺の駐車場まで行ったが納経時間に間に合わず、まだ結願していないので今は資格がなく、明日、徳島市に行き、明後日に再チャレンジする予定であると伝えた。すると、明後日の日付で任命書を交付するとの提案をいただき、そこまで言われるならとお引き受けすることにした。任命書の番号が39号であり、なり手はあまり多くないようだ。

任命書の他に四国へんろのDVDと徽章もいただいた。こうなったら是が非でも焼山寺にお参りして結願せねばならない。
志度寺の近くまで戻り、まだ14時前で時間があるので、平賀源内記念館を見学する。
入場料は500円。エレキテルをはじめとして、からくり掛け軸等の発明品、西洋婦人図、各種著書等、源内のマルチな才能が分かる展示がなされていた。また、源内奇才劇場では源内の生涯を紹介していたが、人を殺めて伝馬町で獄死するくだりはなかった。あくまでもさぬき市の子供達には郷土のヒーローとして描きたかったようだ。
平賀源内記念館を出ようとすると受付の方から平賀源内旧邸の見学も勧められたので、そちらに移動。落ち着いた町並みである。写真は旧邸の源内先生像。
中に入ると、感じのよい女性が一人いて薬草茶を用意してくださると言われた。お茶が出来るまで「源内先生ゆかりの薬草園」を見学させていただく。広くはないが、かなりの数の薬草が栽培されており、手入れも整っている。
薬草茶は飲みやすく、美味しかった。平賀源内に興味を持ったのは1971年放送開始のNHKドラマ「天下御免」だと話すと、お茶を出してくれた方もご存知で、話が盛り上がった。「天下御免」は、早く生まれすぎた山口崇演じる平賀源内と戦国時代に生まれれば良かった剣豪の林隆三演じる小野右京介を中心に物語が進み、最終回で源内は、獄死することなく仲間達と気球でフランス革命のパリに逃れるという破天荒なドラマだった。実際は、故みなもと太郎先生の風雲児達に描かれている源内像が近いのではないかというと、その本も所蔵しているそうだ。他に遍路の話などもして楽しいお茶の時間を過ごさせていただいた。
平賀源内旧邸を辞して、三泊目となるビジネスホテルシャトーエスト高松へ。途中、四国上陸後あちこちで見かけ、ずっと気になっていたセルフうどんの店があった。時刻は15時で、駐車場に車がなく、どのようにセルフなのか店員さんに聞いても迷惑にならないだろうと思い入ってみることにした。
店内に他に客がなく、男性店員と太めの女性店員がいた。男性店員に注文の仕方を聞くと、まずお盆をとり、天ぷら等のトッピングを皿にのせ注文口でうどんを注文して会計、そのままネギや天かす等をうどんに乗せ席に持って行き、食べ終わったら返却口持って行くとのこと。うどんも自分でゆでるのかと思っていたが丸亀製麺とほぼ同じスタイルだった。ちくわ天100円とかけうどん1玉220円を注文。お金を渡そうとすると太めの女性店員から「お金はトレイに入れてください。」とピシャリと言われた。コロナ対策が未だに厳格なのか、休憩できると思っていた時間帯に入ってきたことへの怒りなのかよくわからないが、安い上に愛想までもとめるわけにはいかない。味は、つゆがすこしぬるい気がしたが、ショウガを入れるとポカポカして美味しかった。食べ終わる頃には客がちらほら入ってきていた。
ホテルには16時前に到着したので、近くを散策。港から見たホテル。手前にたこたこ海上タクシー。
玉藻公園へ。高松城跡らしい。天守閣が再建されていないのは四国では珍しい気がする。
櫓が立派だ。
一旦、ホテルに帰る。愛媛県から香川県に入る頃から靴の具合が悪く、転びそうになることもある。雨でも大丈夫なように九州1周からずっと履いている半長靴の履き口のゴムが緩くなっているようだ。この靴で、焼山寺にたどり着けるか不安である。徳島市から神山町までバスで行き、歩いて登る計画だが、念のため神山町のタクシー会社を調べておいた。
19時、マルナカ通町店に買い出し。彩りとびだし巻等購入。
今日も猫に癒やされて1日が終わる。明日の朝、出発するよ。ありがとニャ。
宿泊費:3,600円
飲食費:1,276円
納経料:900円
平賀源内記念館:500円
総移動距離:80km
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