第二十五回酒折連歌賞 一般部門 優秀賞受賞 酒折連歌とは
昨年12月に、山梨学院大学酒折連歌賞事務局から応募した片歌の確認書をいただき、返信しておいたので、なんらかの賞をいただけるだろうと思っていたが、まさかの優秀賞だった。 封筒にはクリアファイルと立派なメモ帳も同封されていた。 通常、連歌と言えば五・七・五の 17 文字の長句(上句)と七・七の 14 文字の短句(下句)を交互に連ねて詠む合作文芸のことを指し、当初は二人で贈答するものだった。例えば、 「佐保河の水をせきあげて植ゑし田を」尼 作 「刈れる早飯(わさいひ)はひとりなるべし」大友家持 作 時代が降り鎌倉時代になると複数人で行われる長連歌が主流となり、五・七・五(発句)に、七・七(付句)、さらに五・七・五(脇句)を続けてゆき、最後の七・七(挙句)で終わる。ちなみに挙句の果ては連歌から来ている言葉である。長連歌で有名なのは明智光秀が本能寺の変の前に参加した「愛宕百韻」ではないだろうが、一部を以下に紹介する。 ときは今天が下しる五月哉 明智光秀 水上まさる庭の夏山 行祐 花落つる池の流れをせきとめて 紹巴 風に霞を吹き送るくれ 宥源 春も猶鐘のひびきや冴えぬらん 昌叱 かたしく袖は有明の霜 心前 ちなみに NHK 短歌では、連歌という言葉は、出さないものの「言葉のバトン」という連歌のようなコーナーを設けている。 ところが、酒折連歌の起源は、さらに古く神話時代に遡り、形や用語も連歌とは異なる。起源となったのは以下のとおりである。 新治 ( にひばり ) 筑波 ( つくは ) を過ぎて幾夜 ( いくよ ) か寝つる 日本武尊 かがなべて 夜には九夜 ( ここのよ ) 日には十日を かがり火を焚く老人 この問答は、酒折宮で行われたと古事記に記されている。この時の音数は四・七・七 と五・七・ 七 だが、酒折連歌の音数は、共に 五・七・ 七 が基本であり、 問いの片歌 と答えの片歌で構成される。 第二十五回酒折連歌賞では、以下の問いの片歌に対する答えの返歌を応募するようになっていた。 一 真っ直ぐな朝の日差しに大根を干す 二 巣ごもりがどうやら終わり春が近づく 三 ユトリロの(白の時代)...