投稿

ラベル(箸墓古墳,纏向石塚古墳,纏向勝山古墳,矢塚古墳,纏向遺跡,ひみこちゃん)が付いた投稿を表示しています

奈良県桜井市 纏向遺跡・纏向古墳群で卑弥呼について考えた

イメージ
   12 月 12 日、昨日は高野山で、この日は天理市のビジネス旅館やまべからスタートである。一泊 3,325 円でリーズナブル分、風呂、トイレ、洗面所、電気ポット、喫煙所が共用のため、朝は他の客とガチ会わないようにするのが大変である。 8 時に旅館を出て、 8 時 14 分の電車で巻向駅へ。 巻向駅は、無人駅である。駅には纏向遺跡等についての案内看板があまり目立たない場所に設置されている。「ようこそ、卑弥呼の里 纏向へ」と言ったような大看板も見当たらない。 線路を渡るとウオッシュレットが完備された立派なトイレがあり、その回りは空き地になっている。後で調べたら遺跡見学者用のトイレだった。ここも考古学関連の講演会のパンフレットがあるだけで、なんの説明もない。 道標が有り、まずは箸墓古墳を目指す。住宅街の中に入り、どちらに行けばよいか分からず、行ったり来たりしていると、近所の奥さんであろうか、道を教えようと車を止め、案内をはじめてくれた。あいにく狭い道で後ろから他の車が来たので、途中まで聞いていってもらったが、しばらくして戻ってきて丁寧に道を教えていただいた。親切な方もいるものである。  箸墓古墳前には「卑弥呼の庭」と書かれた看板がある以外は露骨な卑弥呼推しは見られない。古墳の横には池があり、水鳥が集まっている。池の横の道を進むと雨が降ってきた。  古墳は宮内庁によって、立ち入り禁止になっている。  鳥居があり、大市墓と書かれた高札がある。第 7 代孝霊天皇の皇女、倭迹迹日百襲姫命(やまとととひももそひめのみこと)の墓であり、大物主神の妻になった百襲姫と同一視する説があるらしい。シャーマン的な要素を持つ百襲姫を卑弥呼と関連付けるのは理解できる。  宮内庁が、孝霊天皇の皇女の墓としている以上、特に地元自治体は卑弥呼の墓だと喧伝しにくいため、卑弥呼押しの看板などがほとんど無いのだろう。古墳の池と反対側には幼稚園、住宅、田畑などがある。雨はすでにやんでいる。 古墳の高い場所には、スダジイだろうか、常緑広葉樹の陰樹林になっているようだ。このあたりの植生遷移の極相林、つまり人の手が入らず安定した植生になっており、神社仏閣の森で見られるのと同じ状態になっているようだ。下の方は土砂が崩れるせいかナンテンの木などが見られる。 しかし後ろの円...