九州一周電動アシスト自転車旅~4月27日 唐津市から福岡市その2
浜玉町から糸島市に入ったのが 9 時 20 分。対岸に糸島半島が見えてくる。海は相変わらずきれいである。 箱島神社。愛の神様・耳の神様として信仰されているそうである。 道は海から離れ、筑前深江駅のあたりで、伊都国歴史博物館の標識があったので、行ってみようとあたりを探索するが、見つからない。 Wi-Fi が使えそうなところもないので、やむなくモバイルで検索、ずいぶん先の方だった。農村地帯がしばらく続き、賑やかな市街地に入る。周船寺から県道 566 号線で山の方へ、だらだらとした坂道が体力を奪う。 たどり着いたら、伊都国歴史博物館は農村風景の中にあった。 来館者は筆者一人だけのようであった。展示のメインは、平原遺跡出土の直径 46.5 センチメートル、重さ 8 キログラムの世界最大の銅鏡をはじめとして、ガラス製勾玉や鉄刀等、埋葬者が邪馬台国の時代に絶大な権力を有していたことが窺える。 この記事を書いている少し前に吉野ヶ里の謎エリアの発掘調査が行われ、残念ながら副葬品が見つからなかったというニュースがあった。ただ、赤い顔料があったことから高貴な人物の墓であろうということであったが、展示されている王墓の甕棺が置かれていたであろう場所の土も赤く表現されていた。 話は脱線するが、吉野ヶ里の謎エリアの発掘が、「邪馬台国論争に決着をつける」等の見出し記事が散見されたが、魏志倭人伝には邪馬台国への経路は一大国(壱岐)、末盧国(松浦地方と推測)、伊都国(糸島市)、奴国(福岡市)さらに東の不弥国(飯塚説等がある)と続き位置的に邪馬台国や卑弥呼の文字があるもの(例えば金印とか)でも出ない限りは吉野ヶ里での決着は難しいと筆者は考えている。 4階は展望室になっており、田園風景が広がっている。弥生時代にも田畑が広がっていたのだろうか。 福岡市内に入り国道 202 号線を走る。福岡市街の山側の縁を進むかたちである。歩道の幅がかなり広く走りやすい。しかし迂回させられる場所や、アップダウンがあったりするのでそれなりに疲れる。 この旅最後の宿泊先である博多温泉旅館 富士の苑に着いたのは 18 時前だった。 旅館の入り口には筆者の名前が半紙に墨書されていた。部屋に入って驚いたコンロはないものの台所付きの 3LDK 。家族用のアパートタイプ...