吉野ヶ里歴史公園に行ってきた話

白石町の三十一文字コンテストの表彰式に出席することになったので、前日の2月9日に、ついでと言っては失礼だが、謎エリアの発掘調査で話題になった吉野ヶ里歴史公園を見学することにした。

高速バスで天神バスセンター(1350円)。バスセンターから西鉄電車で朝倉街道駅(420円)まで行き、歩いて鹿児島本線の天拝山駅から鳥栖、長崎本線に乗り換えて吉野ヶ里歴史公園(570円)というややこしいが、家から一番安上がりらしい行程を利用した。だいたい順調だったが、鳥栖からの2両編成の列車に学生が乗ってきてぎゅうぎゅうだった。写真は列車から撮影した新鳥栖駅。

概ね自宅から3時間で吉野ヶ里歴史公園駅に到着。到着時刻は13時。

ゾンビランドサガについては、嬉野温泉の新湯広場でフランシュシュの紺野純子を発見しているが、吉野ヶ里歴史公園駅前で、新たに山田たえ発見。

昨年、佐賀県を自転車で旅したときには、見かけなかった、ドット絵ではないロマンシング佐賀もあった。

案内標識は従来通り?のドット絵。

勾玉と弥生人の案内板もある。

クリークには、鴨にアオサギ。


吉野ヶ里歴史公園入り口。

東ゲート。お土産屋さんとレストランもある。レストランのメニューは美味しそうだったが、プーの身にはちと高いのでがまん。

入場料は大人460円。田手川にかかる橋を渡って公園内へ。この川が古代において重要な役割を果たしていたのかも。


橋を渡ると、園内バスが駐まっていたので、乗せていただく。車窓からの風景。池があったり、菜の花が咲いていたり。


古代の森体験館で下車。ここでは、組紐や木工クラフトの体験ができるようだ。

展示室もあり魏志倭人伝の全文と出土物などが展示されている。

イモガイとゴボウラの貝殻。装身具の貝輪として使われた。ゴボウラについては、奄美大島以南に棲息する貝であることから、弥生時代の交易範囲の広さを物語っている。

甕棺の展示コーナー。


弥生時代の繊維製品と服飾。

古代の森体験館を出て、古代植物の森の道を進むが、天気が少し怪しくなったので、引き返して甕棺墓列へ。

盛り土が並んでいる開けた場所に出た。弥生時代の霊園といったところか。今も昔も霊園は見晴らしの良い場所に作りたがるようだ。

古代の森ゾーンの案内。九州から本州の比較的温暖な低地であれば、植物遷移が進みこれ以上植生が変化しない極相は、カシやシイ等の照葉樹林になるはず。

 発掘された甕棺墓の様子。これだけの甕棺を作る工業力には驚かされる。


首のないご遺体も見つかっているとか。敵に首を持ち去られたのだろうか。

北墳丘墓へ移動途中に見えたブルーシートがかけられた発掘現場。話題になった謎エリアだろうか。残念ながら閉鎖されていて近づくことはできない。

柵のむこうに北墳丘墓。

柵の後ろには、環濠。

北墳丘墓の解説。

中には複数の甕棺が発掘された様子を展示している。

埋葬される甕棺内部の様子。

 

墳丘墓くらべ。

一見、方墳等と何が違うのかという疑問が生じるが、それついて、以下に整理してみた。

 

古墳

墳丘墓

出現時代

古墳時代(3世紀中頃から)

弥生時代

作られ方

葺石がある等統一性がある。

地域差がある。

大きさ

巨大なものもある。

一般的に古墳より小さい。

代表的な形式

円墳・方墳・前方後円墳

方形周溝墓・方形台状墓・円形周溝墓・四隅突出型墳丘墓

大きさについて、吉野ヶ里の墳丘墓より小さい古墳があるので、なんとも言えない。ちなみに四隅突出型墳丘墓は、秘密結社鷹の爪の枠内の「古墳ギャルのコフィー」にダニエルとして登場していた。

ここの係の方に謎エリアがどこにあるか聞いたところ、先ほどのブルーシートがかかった場所がそうだとのこと。今日は生憎見学できる日ではないが、見学できる日もあるらしい。 外に出ると雨が降っていた。

織物の倉。高床式である。


環濠集落の入り口にあるのは鳥居の原型か?

高床式倉庫群

酒造りの家。竪穴住居である。

南内郭入り口には、鳥の模型。瑞鳥が稲作の豊穣をもたらすという鳥霊信仰によるものと思われる。かつては、揚子江流域に住んでいたと考えられているミャオ族にも同様な鳥霊信仰があり、日本への稲作の移入に関与したのではないかという説もある。

物見櫓。平和な時代ではなかったことを物語る。

主祭殿。

2階部分の展示。クニの重要な会議をしているようだ。

3階部分の展示。祖先の霊のお告げを聞く祈りを行っているとのこと。

南内郭へ。

展望台より。柵の内側は南内郭。柵の手前は兵士の詰め所。

倉と市。修復中の建物も見える。

北内郭の櫓から見た風景。この先には、有明海。弥生時代には海はもっと近くにあっただろう。

煮炊き屋。竪穴住居には煮炊きした後がないので、共同の炊事場があったと考えられている。なんかキャンプ場みたい。


王の家。意外と質素だ。

中には王夫妻の人形。

枕元には武具が置かれている。

王の妻の家。適度な距離がいいようで。近くに娘夫婦の家もある。

絹糸などの野外展示所。学芸員さんとおぼしき人が絹糸について説明をしてくださった。絹糸の染色は草木染めかと聞いたら貝紫等があるらしい。

脇に置いてある銅鐸のレプリカを見て「これも出土したのですが?九州にも銅鐸があるのですね。」と言うと、学芸員さんのテンションが一気にあがったようだった。以降、身振り手振りを加えて説明していただいた。

この銅鐸は、吉野ヶ里で平成10年に発掘されたもので、それまでも鳥栖市や福岡市で銅鐸の鋳型の破片は見つかっていたそうだ。これにより、九州は銅矛文化圏で近畿は銅鐸文化圏という区分は不明確になってきているとのこと。目からうろこである。その後、出雲の荒神谷遺跡の話や、弥生時代の武器の話になった。出土した古代中国の武器である戈のレプリカを作ったが扱いが難しかったらしい。また、再現した竪穴住居は夏涼しく、冬暖かかったとか実際作ってみてわかったことが多かったと話してくださった。話はいつしか邪馬台国の話になり、発掘調査が十分に行われていないが吉野ヶ里クラスのクニは、ここら辺にいくつもあり、ここが邪馬台国だとは個人的にはあまり思っていないそうだ。どちらかと言えば熊本県の山門郡あたりではないかと考えているとのこと。ここで、その他もろもろ小一時間は楽しくお話を聞くことが出来た。感謝である。

展示館にあった銅鐸の展示と説明文。


弥生の村と大根畑。

西日が強くなった。

外壕の内側には逆茂木。

16時半、吉野ヶ里公園を後にする。

いかしたマンホールの蓋。

 鳥栖行きの列車も結構混んでいた。鳥栖から博多行きの電車に乗り換え、一駅先の田代駅で下車。17時半、ホテルAZ鳥栖店着。朝食は、高校生の団体が来ているので混む時間帯を教えてもらった。18時半、マックスバリュEX曽根崎店へ買い出し、握り寿司等買う。今日も昼飯抜きだったので腹が減った。

ホテルから見た鳥栖インターチェンジの夜景。



 

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