肥前浜宿の旅

 今日2025年1月19日は、肥前浜宿でふな市があるそうなので、昨日買ったカップ麺と鮭昆布ごはんを食べてスカイタワーホテルを後にした。

 肥前鹿島駅10時1分発の肥前浜行きに乗り、荷物は肥前浜駅の観光案内所に預かってもらうことにした。肥前浜駅は隣の駅なので直ぐに着いた。早速、駅舎内にある観光案内所に行き、ふな市について聞いて見た。すると肥前浜宿の地図を渡され、昼前に終わるから急いだ方がいいと言われた。レンタサイクルもあるそうだが、酒蔵もあり、試飲できたら乗れなくなるので、荷物を預かってもらい徒歩で行くことにした。

 教えてもらった場所に着くと、人がたくさん集まっていた。ところが、鮒のコンブ巻き(プラスチックの弁当箱に入っており、一つ2,700円)が販売されていたが、肝心の鮒が売られていない。集まっている人もお楽しみ抽選会に参加しているだけだった。場所が違うのか周囲をウロウロしてみるが見当たらない。鮒のコンブ巻きを販売している人に聞いてみると、鮒の業者さんも一軒しか来ず、8時には帰ってしまったそうだ。

後で確認したふな市のスケジュールは以下の通りだった。いつもながらの調査不足だ。

600~ ふなんこぐい試食

700~ 神事

800~ 紅白餅プレゼント

920~ 特設ステージイベント(共生保育園、賑いODORIKOハマガール他)

1000~ お楽しみ抽選会

 抽選会を見ていてもしょうが無いので、浜大橋を渡ると、事比良神社の階段。少し登ったが恐いので中断。

 国道207号を横断して、海のほうへ。峰松鰻屋もふなの昆布巻きを販売している。この地域では、フナを昆布で巻いて煮込んだ「ふなんこぐい」という料理を作り、二十日正月に恵比寿様や大黒様にお供えするそうなので、あちこちで売られているようだ。

しばらく、浜川沿いを歩いていると茅葺屋根の家が見えてきた。肥前浜宿・茅葺の町並みである。

 歴史的に価値のある地域として国の「重要伝統的建造物群保存地区」に選定されているそうだ。

 石造りの水路に沿って四軒の萱葺屋根の家が並んでいる。

 江戸時代から商人や船乗り、鍛冶屋や大工などが暮らしにぎわっていたそうだ。

 浜川の河口近く。対岸にも家が並んでいる。

 新浜大橋。存在感のある斜張橋だ。

橋にはムツゴロウのレリーフ。その先には漁船も見える。

有明海が見える。船のある場所には棒が立っている。これは、大牟田市から柳川市まで自転車旅をしたときと同じ光景だ。干満の激しい有明海なので、船が引き潮になったとき斜めや横にならないための工夫ではないだろうか。

 浜川上流の風景。

 新浜大橋を渡り、対岸へ。家が密集している。新しい家もあるが空き家も目立つ。しょうがない事かも知れない。ふな市会場まで戻る。入り口付近には交通整理の人が暇そうに立っていた。

 会場ではまだ、抽選会が行われていた。会場前の恵比寿様。もちや落雁等が供えられていたが、ふなの昆布巻きはまだのようだ。本来、恵比寿様には鯛をお供えするが、有明海では鯛が捕れないので鮒を代用にするようになったそうだ。

 漆喰で「魚市場」の文字。市場自体は、昭和39年に移転したそうだ。

 観光酒造肥前屋。写真を撮る前まで店の外には観光客とおぼしき人たちが集まっており、案内に従い店内に入っていった。試飲なんかもできそうだが、ツアー客の後に入るのは気が引けたので、やめにした。

狭い溝には数匹の鮒が泳いでいた。

というか、飼われているようだ。浜宿キッチンの側なので、昆布巻き要員かな?

酒蔵通りを歩く。茅葺の家もある。

酒蔵が並んでいるが、人気が無く入りづらい。

飯盛酒造で酒蔵通りはおしまいのようだ。

飯盛酒造脇の細い道を行くと旧乗田家住宅。

鹿島鍋島藩に仕えた武士である乗田家の武家屋敷。ここも国の「重要伝統的建造物群保存地区」に選定されている。

内部も見学可能。

人は居ないが照明が点けられている。

昔ながらの竈。耕運機が気になる。

家の裏には池もある。

一旦、肥前浜駅に戻り、トイレを済ませたら、まだ12時前。

14時3分発の列車で帰る予定をたて、歩いて行けそうな鬼塚古墳を見学することにした。

まず、207号線を北上。案内看板があるだろうと歩くが見当たらない。ずいぶん歩いて小さな川を渡ったところで、マップを見たら、ここで左折すればあるようだ。国道444号線をひたすら歩く。


誕生院は、保育園も併設している立派なお寺だ。

早咲きの桜かな?

真言宗の中興の祖であり、新義真言宗の開祖である興教大師覚鑁聖人の誕生の地に建てられた寺院ということで、九州八十八箇所霊場の第六十二番札所にもなっている。

 お寺の奥に行ってみるが肝心の鬼塚古墳が見つからない。さらに奥に行くと鬼塚古墳の案内標識があったので、それに従って行くと、国道444号線に出てしまった。

 さらに案内板は住宅地の方へ。境内の中かと思ったらすこし離れたところに鬼塚古墳発見。


古墳の看板には、「県下最大級の古墳」「佐賀県指定史跡」とある横に「補助金がカットされ、維持管理が大変な状況」ということで支援要請の看板。なんじゃこりゃ。

古墳は、円墳で大きな葺石が一部露出している。

フェンス越しに一回り見て回ったが、どうやら入り口に施錠はなく勝手に入ってよさそうなので、石室に入ってみることにした。

玄室の奥には不動明王と小さい仏像?それと花が飾られていた。壁になんらかの絵の後がないか探してみるがなかった。


築造は、6世紀後半と考えられているそうだ。このころは、蘇我氏や物部氏が争っていた時代で、古墳時代の末期にあたる。

誕生院に戻り、ご挨拶がてら本堂に戻りお参りしていたら、中から和尚さんが出てきて入りませんかと言ってくださった。

鬼塚古墳を見学しての帰りですと言うとパンフレットくださり、もともと誕生院の敷地で、お寺を中心に管理しているとのこと。仏像もお寺が置いたものだそうで一つには子供が入って悪さをしないように、もう一つにはそもそもお墓であるため供養のためだそうだ。

お話をしていたら来客があったので失礼した。境内には小さいダルマがたくさん置かれていた。


駅に帰る途中の仕出し屋さん。ここもふなの昆布巻の幟が立っていた。

肥前浜駅には着いたのは13時半を少し回ったぐらい。案内所の人が見当たらないので少し焦ったが奥から出てきてくれた。預けた荷物を回収し、お土産に海苔スープとムツゴロウサブレを購入。レジは隣のHAMABARでしてもらった。HAMABARでは、数人の人が日本酒を楽しんでいた。

 

列車は定時に来た駅には外国人も沢山いて、観光案内所の方も英語で対応していた。車内は中国人らしき観光客でいっぱいだったが隣の肥前鹿島で大半は降りた。何が目的だったのだろう。

帰りは鳥栖で乗り換え、天拝山まで鹿児島本線で行き、西鉄ストアでお弁当を買って食べ、西鉄電車の朝倉街道駅から天神駅へ。高速バスで小倉まで帰った。

 

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