電動アシスト自転車で巡る四国八十八箇所 番外編 12月11日 高野山へお礼参り(高野山から天理市)

 電動アシスト自転車で巡る四国八十八箇所 番外編 12月11日 高野山へお礼参り(新今宮から奥の院) (lesserkumaneko.blogspot.com) の続き。

 奥の院を出て、一の橋の前にトイレと座れる場所があったので一休み。まだ10時前だ。ここからは、お寺多めだが、人間界に戻った気がする。歩いていると高野山真言宗別格本山である清浄心院の門にねむり猫。ちなみに、かつて高野山は、かわいくて修行の妨げになる猫の立ち入りが禁止されていたという話がある。高野山のタブーとして「鶏並に猫を飼養せざること」という項目があることから、ここから猫入山禁止に話がすり替わっていったのではないかと筆者は推察する。

清浄心院の護摩堂「鳳凰奏殿」ご本尊の不動明王像があるそうである。隣には永代供養堂の「永山帰堂」。清浄心院には宿坊もあるとのこと。

小川と石垣の向こうにはお寺が並んでいる。

仁王像のある赤松院。こちらは広大な庭と宿坊があるそうだ。

高野町の商店街か。ことぶき食堂は営業中のようだが、隣のやきもちと書かれた看板のある「上きしやさん」はシャッターが降りていた。このようなお趣のあるお店がなくなるのは寂しいことだと思っていたら、高野町に二店舗あり、元気に営業しているようだ。たまたま、営業していない日か時間帯のようだった。

密厳院・苅萱堂。石童丸と刈萱道心の説話で有名なお堂である。ここも宿坊があるそうである。

珠数屋佳兵衛。高野山らしく数珠の専門店かと思いきや、お土産も扱っており、前日予約すればお食事も用意できるそうだ。

成福院と摩尼宝塔。摩尼宝塔は八角三層でできており、戦後日本とビルマ(現ミャンマー)の親善の証として建立されたそうで、入り口には獅子の像が鎮座している。ここも宿坊があるそうだ。

趣のある土蔵造りの薬局。素晴らしい。店の横の例の自動販売機が確かに人の生活があることを物語っている。隣の梵恩舎はカフェだそうである。

高野山名物のごま豆腐店。お土産屋さんもあったが、入ってみるとメインはごま豆腐と高野豆腐。

結局、中央案内所でパッケージに猫のイラストのあるお茶を購入。

高野山金剛峯寺。ちなみに総本山金剛峯寺と言えば高野山全体を指すとのこと。これを「一山境内地」というそうだ。

正門。かつては、出入りできるのは天皇・皇族、高野山の重職だけだったそうだ。

金剛峯寺外観。檜皮葺の屋根には桶が乗っている。天水桶と言って普段は雨水をためておき、近くで火災があった場合は、桶の水をまいて火の粉による類焼を防ぐそうだ。写真奥の玄関から入り拝観。拝観料1000円だが、その価値は十分にある。特に大広間の襖には群鶴と松が描かれており見事である。ちなみに作者だが、斎藤等室と伝えられていると書かれた資料と狩野元信と伝えられているとする資料が併存する。真相は分かりかねるが、伝聞なので2説あっても仕方ないのかもしれない。

豊臣秀吉の甥で二代目関白になった豊臣秀次が切腹した柳の間を過ぎると関西マダムの団体様とぶつかった。とても、ゆっくり見学できる雰囲気ではないので本来別殿に向かう順路からはずれ、かつては天皇や上皇の応接に使われた上段の間へ、総金箔押しの壁と、折上式格天井の豪華な部屋である。奥書院は、皇族方の休憩所として使用されていたとのことで、襖絵は雪舟とその息子の筆によると伝えられている。稚児の間、茶の間を過ぎると台所であり、生活感がある。ここでUターンして別院へ。写真は中庭のようす。

別伝にも見事な襖絵。昭和58年までは一般信徒の休憩所として使用されていたとのこと。現代の参拝者の休憩場所である新別殿へ。出迎えてくれたのは、こうやくんの顔はめパネル。こうやくんは、高野聖という職業があるそうだ。好きな食べ物は高野豆腐とごま豆腐。さすがに肉系ではないようだ。

高野八葉俳句大会の優秀句が掲示されていた。筆者は特に「日焼の子千年杉の脈を聴く」がよいと思った。日焼の子という快活で動的なエネルギーを持つ(おそらく)少年と千年杉の長い時間を生き抜いた静的なエネルギーとの邂逅が、生命の多様性を感じさせる句に思えたからだ。日焼けという夏の季語にこんな使い方があったのかと感服した。

新別殿は、広々としており、正面に弘法大師のお姿。左右にあるのは金剛界曼荼羅と胎蔵界曼荼羅だろうか。右側の座像は、弘法大師に密教を教えた唐の恵果和尚とのことである。ここで入り口にあった給茶機のお茶をいただき一休み。

蟠龍庭。砂紋が美しい。

見事な石庭である。

金剛峯寺を拝観して、外に出ると女人堂の標識があったので、バスで来た道を歩いてケーブルカー駅に行ってみようと思い立った。金剛峯寺の東側の細い道を抜けバス通りへ。高野山別格本山  南院があった。御本尊浪切不動明王で第36番札所 独鈷山 伊舎那院 青龍寺と同じである。

ここは、近畿三十六不動尊霊場の結願のお寺でもあるそうだ。

日蓮上人御旧跡とある。蓮長法師と名乗っていたころの日蓮上人がこの場所の五坊寂静院で学んだ。奥には赤い鳥居に鬼子母神と書かれた扁額。

不動坂まで来るとずいぶん寂しくなる。坂を登り切るとお竹地蔵尊。高野山上の鋳銅製仏像として最大のもので1745年に横山竹さんが建立した。ちなみに、1872年まで高野山は女人禁制で、横山竹さんは、女人堂から先へは入ることができなかった。

お竹地蔵尊の前には、女人堂。高野山に至る七本の道には、それぞれの入り口にお堂があり、女人禁制の時代、女性はその先には行けず、それらのお堂で参拝をしていたとのことである。現在七つのお堂のうち残っているのは、ここだけだそうだ。

高野山コウヤマキ希少個体群保護林の看板。いまでは、日本と済州島にしかないとのこと。コウヤマキはホンマキとも呼ばれ、ヒノキ目コウヤマキ科コウヤマキ属と独立した科に分類される。ちなみに、比較的よく見かけるイヌマキは、ナンヨウスギ目マキ科マキ属である。

女人堂のバス亭を過ぎて歩きはじめると、どこから現れたのか年配の男性に「バス専用道を歩いてはならん。」と制止された。看板には一般車両は通行できないとあるが、徒歩については何も書かれていないのだが、だめだそうだ。どうしても歩きたいなら極楽橋に降りる歩道があるから、そちらに行くように言われた。それもありかなと思ったが、四国八十八箇所巡りのダメージがまだ残っているので自重してバス亭でバスを待つことにした。バス亭には、このやりとりを見ていた輪袈裟をした男性がいて補足説明をしてくれた。要するに、この先は林間バスの社有地であり、徒歩であっても立ち入り禁止とのことだそうだ。だったら「社有地につき立ち入り禁止」とすればわかりやすいのに。


 
しばらくしたらバスが来た。針葉樹林を抜けて高野山駅に到着。駅前にはバス亭と少しの建物しかない。


高野山駅の駅舎。屋根には宝珠のようなものが、置かれている。ここで高野山のパンフレットが置いてあるのに気づき、それを見て壇上伽藍等に行くのを忘れていたことに気づいた。やはり、疲れているのだ。

駅舎の展望室からの眺望。ずいぶん高い場所にあるのがわかる。

先ほど、補足説明をしてくれた輪袈裟の男性は、構内のお土産店で韓国人の男性と話しており、その後、店員さんとも話していた。高野山の関係者かも知れない。11時52分発のケーブルカーに乗り、高野山を後にした。

極楽駅で、待ち時間があったので、駅員さんに言って外に出させてもらった。不動坂の登り口には、熊出没注意の看板。女人堂から歩けば、ここに行き着くようだが、やめておいて良かった。

不動谷川にかかる赤い橋。極楽橋である。

不動谷川と極楽寺駅。

駅に戻ると、ホームには特急こうやが停車していた。金のない筆者は11時52分発の普通列車で橋本へ。


行きでは気づかなかったが、九度山駅には真田十勇士のイラストが飾られていた。

 

13時7分橋本駅着。ここでJRに乗り換えである。



次の列車は14時7分なので、昼食にしようと思うが駅前には、喫茶店があるだけで、食事ができそうな店が見当たらない。柿の葉寿司の看板はあるが、シャッターが降りていた。

一応、観光には力を入れようとしているようだが。


駅周辺を探索してみる。古い商店街は、シャッターが降りているお店が多い。

 駅周辺を一回りするが、適当な店が見つからず、結局ファミマのイートインスペースで岩下のいなり寿司(鹿のイラストがあるので奈良県の会社が作っていると思いきや本社は栃木県)とかやくごはん(こちらは関西らしい。関西以外では炊き込みご飯とか五目ご飯)のおにぎり、それにタコハイをいただく。

駅に戻ると、「まことちゃん」人形がひっそりと立っていた。作者の楳図かずお先生は、高野町で生まれ、六歳からは五條市で育ったそうだ。まことちゃんはギャグ漫画で、ずいぶん笑わせてもらったが、漂流教室をはじめとするホラー系の漫画は、マジで恐かった。


橋本を定時に発車すると思いきや、列車のドアが閉まろうとするとき、一人の高齢マダムが駆け込んできた。実は、この方列車を足止めする役で、次々にお仲間がやってくる。小走りでくるのはかわいいほうで、悠然と歩いてくる強者もいた。結局10人ほど全員が乗るまで足止めされた。発車後、車内は関西マダムの騒音で満たされ、やむなく別の車両に移動した。

高田で乗り換え、15時53分に天理駅に到着。駅前はおしゃれな公園になっている。

本日の宿泊先ビジネス旅館やまべ、人の気配がしなかったので近所をうろついた。あちこちに天理教の信者詰所なる建物がある。17時少し前に宿に戻り部屋に入ることができた。一泊3,325円である。

日が暮れて、雨が降り出し、傘を借りて万代というスーパーに買い出し。チキンパエリアや大阪名肉吸い等購入。明日は卑弥呼の墓ではないかと言われる箸墓古墳と纏向遺跡の見学である。(奈良県桜井市 纏向遺跡・纏向古墳群で卑弥呼について考えた (lesserkumaneko.blogspot.com)






 

 

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