手向山公園 北九州市小倉北区
国道3号線を小倉から門司方面に行くと手向山トンネルがある。手向山公園は、小倉から行く場合は、トンネル手前の信号を右折する。ここには、手向山公園の看板があるのでわかりやすい。しばらく登るとバスの転回所があり、ここは駐車できない。ここからは、道が狭くなり、離合場所がないことはないが、対向車と出くわしたくない道だ。また、散歩している方もいるので、注意しなくてはならない。登り切ると広い駐車場に出る。
駐車場には、「幕末の激戦地を臨む」と書かれた看板。山側の住宅地になっている鳥越峠は、幕末の第二次長州征伐における小倉口の戦いの激戦地だったらしい。
駐車場に沿って砲台の跡が残されている。砲台は明治20年(1887年)に竣工し、明治24年(1891年)に完成したようである。日清戦争勃発が明治27年(1894年)だから、軍備拡張の一環であったのであろう
砲台は全部で6基、台座は木が生えているが、砲台下の倉庫らしきものは、入り口が塞がれているが、旧字体で第一号から第五号まで確認できた。
武蔵・小次郎の碑への案内板に従って階段を上ると展望台。関門海峡を一望できる。遠くに関門橋と火の山。
「吟心舞魂」と彫られた石碑。北九州吟詠連盟が設置したものらしく、武蔵にも小次郎にも直接は関係なさそう。意味は心から詠い、魂を入れて舞うという意味らしい。
展望台からの風景。右が小倉の工業地帯、左が下関の彦島。遠くに見える六連島あたりが日本海側の検疫錨地。
関門海峡を通過する赤い大型貨物船。
公園の敷地は広いが遊具の類いは見かけなかった。アダルトな公園である。
佐々木小次郎の碑。昭和26年(1951年)、村上元三の小説「佐々木小次郎」の完成を記念して建てられたとのことである。石碑には元三の「小次郎の眉涼しけれつばくらめ」の句が刻まれている。「つばくらめ(つばめ)」は春の季語で小次郎の燕返しにかけているのであろう。ちなみに「涼し」は夏の季語だが、あくまでも眉に対しての形容なので、この場合、季違いには当たらないと思うがいかがだろうか。
宮本武蔵の碑。1654年に宮本武蔵の養子、伊織が建立したものである。「兵法天下無双」の文字が、なるほど武蔵だと感じられる。
大瀬戸第1号導灯(後灯)。導灯とは、通航困難な水道、狭い湾口等の航路を示すために航路の延長線上の陸地に設置した高低差のある2個以上の構造物で灯光を発するものをいい3号まであるらしい。
公園の駐車場から下って行くと、探照灯台座跡。関門海峡に夜間侵入してくる船に照射していたらしい。近くにはコンクリート製の建物の跡も。
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